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『恐怖のサファリ』
遠藤喜孝
 ケニアでサファリと言ったら、こりゃ−もう絶対にキャンピングサファリにかなうものはない。昔は確かにキャラバンを組んで、ポーターを大勢雇い、ライフルをしこたま抱え込んで、ジャングルの中をぐるぐる歩き回り、どっかに埋もれている財宝を探し回ったり、時にはハンティングなどと言って、ライオンやゾウを撃ちまくったりして、しなくても良い殺生をして、それを格好いいとはやし立てたり、等々というのが映画やテレビから教え込まれたサファリのイメージだった。
 だが、しかしだ、今の世の中、鉄砲を持って動物と向かい合うなんて不公平なことは許されない。確かに動物、それも野生の動物は自分の身を守ったり、獲物を捕らえたりするのに、必要不可欠な道具を持っている.肉食獣では、ライオン、レオパード、チーター、そしてハイエナ、ジャッカルなど、草食獣でもゾウ、バッファロー、サイ、そしてインパラの角やイボイノシシの牙、どれをとってもどんな人間も素手では立ち向かえない.だから、人間は頭を使う。鉄砲や毒矢がそれだ。なんとなく姑息な感じがするではないか。人間は動物を見ると怖がるか、殺したがるかのどっちかだ。安全な車の中にいるときだけ、かわいい、美しい、素晴らしいと感じる。しかし、動物から見れば、人間なんてなんとも思っていない.せいぜい変な匂いのする宇宙人みたいなやつだと思われているのが関の山だ。
 肉食獣は本当に必要なとき以外は一日中ゴロゴロしている。何もしない。腹が減ったなと感じたら、獲物を探しに行く.しかし、人間は腹が減ってようが満腹だろうがお構いなしに、殺したくなるところしたくなってしまう。これはもう殺人狂、いやいや殺獣狂だね。
 草食獣も自分の身を守るためや生活のために必要最小限の武器を持っている.決して馬鹿にしたものではないのだ。10年位前だったか、若い日本の女の子が宿泊しているサファリロッジにインパラの子供が好奇心から入り込んで来た。それを見た女の子が傍によって行って「カワユイ」などとやったところ、いきなり角で太ももを突き刺された。その女の子は心から動物が好きなのか、それともショックでなのか、突き刺されてグイグイやられても泣き声ひとつ立てず、じっと歯を食いしばって耐えていた。後で聞いたところ、自分は動物が好きなんだ、と他人からも言われ自分でもそれを認めていたが、子供のインパラにグイッとやられ、痛い、と感じることよりも、今まで動物が好きなんだと思っていたのはまったくの独りよがりで、動物のほうではかえって迷惑がっていたのではないか、自分の重いあがりを勝手に、動物に押し付けていたような気がする、あー自分はなんて恥ずかしい思い違いをしていたのだろう、と突き刺された瞬間に悟り、その恥ずかしさと自分に対
する悔しさで声が出なかったという。 ま、そういう風に子供といえど、自然の中では立派な武器を持っているのが動物である。
 アンボセリ国立公園がある。キリマンジャロの裾野に広がる公園で、へミングウェイが住んでいたという家もこの中にある。キリマンジャロに登るのは疲れるから嫌だが、眺めるのは好きで、私もよくここへ来る。キャンプ場もあり、ソーンツリーに囲まれて、眺めもなかなかのものだ。アフリカの気分に浸るにはもってこいのロケーションである。
 ここにある日、6人でテントを張って、1週間キャンプ生活をエンジョイすることにした。
 朝、ナイロビを出て、着いたのはちょうど昼頃。早速テントを張り、昼飯を作り、夕方のサファリに出発する。サファリに出かけている間、テントの中や食料をサルに荒らされてはかなわないので、ふたりが留守番に残ることにした。くじ引きの結果、空手2段の見るからに日本人魂の男とアフリカでお裁縫の心をお勉強しにきたという見るからに可憐だが、ちょっとなじむには心構えが必要そうな女の子が残ることになった。
 アンボセリの公園内は、キリマンジャロの火山灰が積もっており、ホコリのすごいこと。全員真っ白けになって、ゴホゴホ言いながら、それでも今日見たライオンやサイに満足してキャンプ地に戻る。間もなく地平線に沈もうとする太陽の赤い光がキリマンジャロの頂きの雪を淡い赤に染めようとする頃に、キャンプ場に着く。キャンプ場と言っても、アンボセリ公園のなるべく木のあるところを、ハイ、ここがキャンプ場!と指定しているだけで、キャンプ料金は取るが安全や設備に関しては、すべて泊まる人間の責任、というまことにアフリカ的な発想で、嫌なら来なくて良いという楽しいところだ。ま、料金といってもさほど高いものではない。
 ソーンツリーの林の中がキャンプ場になっているので、樹の間をスイスイと我々のテントの場所へと帰って行く。結構林の中は広いので、探すのに大変だが、我々の点との場所はある程度目星をつけておいたので、何とかそこまでたどり着く。
 たどり着いたと思ったが、テントがない。ありゃ、ここじゃなかった、おかしいな。道を間違ったかな?と元来た方へ戻ろうとすると、どこからか声がする。
 「おーい、助けてくれ」
 「エッ、おかしいな、声が聞こえなかったか」
 「聞こえたけど、どこだ。何があったんだ」と、訝しがる我々の頭上で、突然
 「おーい、上だよ、樹の上だよ」というなかば絶叫に近い声が聞こえた。
 「えっ、樹の上!」
一同上を見上げると、いたいた。見るとふたりともソーンツリーの枝に腹ばいにつかまって、必死に落ちないようにしている。我々は、車から降りて、その木に駆け寄った。
 「おーい、どうしたんだ。何やってんだ」
私は無造作にそう言いながら車を降りた。
 「エンド−さん、車から降りちゃだめだ。まだ、ゾウがその辺にいるよ」
 「えっ、ゾウ・・・!おい、ゾウだってよ、みんな車に戻れ」
みんなはゾーッとしながら車に向かって走った。後一歩というところで、ひとりが
 「あっ、いたいた。ゾウだ」と、叫んだ。
 「えっ、どこだ。あっ、やばい。早く、早く」私は必死にそう叫んだ。しかし、よく見るとこれが子供のゾウだ。私は少々ホッとして、
 「あれは子供だよ。大丈夫だ」と落ち着き払っている内に、私を残してみんなは車の中へ避難した。
 「エンド−さん、早く車に入ってよ。やばいよ」
 「大丈夫だよ。ありゃあ、子供じゃないか」
私がゆとりの表情で車へ近づくと、突然ヤブの中から、「キエーッ」と雄叫びを上げて親ゾウが現れた。こっちはある程度ホッとしていたところに、20tとラック10台分のクラクションを一斉に鳴らしたような声で、「キエーッ」 「パオ−」とやられたものだから、その音量で目が出目金になってしまった。ついで親ゾウが目に入り、それから恐怖が来た。こりゃもう、頭がカーッとなって、何がなんだかわからず、やみくもに駆け出した。野生の動物を目の前にして、走って逃げ出すなんてあほな事はやめろ、といつも私がみんなに偉そうに言っていたのに、こんなときはそんなことはもう頭になかった。
 自分の意志ではなく、恐怖が足を動かした。走りながら、つい20m先にある木までたどり着けば何とかなる、と後で考えるとゾウに追いかけられて木の影に隠れたって一体どうすんだ、と自分でもおかしくなるが、そのときはマジにそう思った。走りながらコワゴワ後ろを振り返ると、親ゾウは立ち止まっている。私は追っかけて来なかったのか、とホッとしながら、ガチガチ震える手で木に登ろうとした。しかし、なにせ震えてるものだからなかなかうまくいかない。そうこうしているうちに、子供のゾウが近寄ってくる。牙はまだ生えていなく、背丈も1.5mくらいでどうって事はない。子ゾウだけなら何とかなるが、変に殴る真似とか木でつっつくとか石をぶつけるとかしたら、親ゾウはたちまち怒って、子供を守ろうと襲ってくる。私が木の根元でウロウロしているうちに、とうとう子ゾウが来てしまった。
 「おい、子ゾウ。オレはおもちゃじゃないんだ。向こうへ行け。シッ、シッ」
と、言いながら、チラチラッと親ゾウの方を盗み見る。しかし、子ゾウと言っても、1t近くもあるんだから、まともに相手にしたらこっちはひとたまりもない。私は、「シッ、シッ」と、言いながら、ひたすら木に取りすがり、何とか登ろうとするのだがどうにもいかん。ハァー、ハァー、ゼェー、ゼェーやりながら私は、
「いったいこれからどうなるのだろう」 
「子ゾウにおもちゃにされながら死ぬのか」
「親ゾウの牙で空に
放り投げられて死ぬのか」 などともうなかば嫌々ながらも、ゾウに殺されることを想像し、それでも思いっきり一突きでやってくれないか、などと妙に落ち着いたことが頭に浮かんできたその瞬間、親ゾウが1オクターブ低い、「キエーッ!」をやった。すると子ゾウはブルルルと言いながら、クルッと向きを変え、親ゾウのところへトコトコ走って戻って行った。
 「そんなアホな人間相手にしないで、早くお母さんのところへ来なさい」
とでも、言われたのかもしれない。
 このゾウの親子がキャンプ場から去っても、体はガクガク、あごもガクガクでまともに話が出来なかった。
 しかし、なんと言うか、恥ずかしいと言うか、マイッタね・・・・。