ナイロビから40Kmほど北へ行くと、ティカという小さな町がある。そこから東へ道をとり、60Kmほどいくとタナリバーの上流に出る。向かうといっても車のわだちがかすかに見分けられる程度の道を行く。それば40Kmほど続く、さすがの4輪駆動車もヒーヒーいって、もうこれ以上進めないという頃にようやく懐かしい人家があるのかな、なんて疑問がおきる前にまずホっとする。
巨木というほどの木はないが、それでもジャングルと表現できるくらいの木が茂っている。そういう中から人がフッと湧いて出てくる。これから先に道はないか、と聞くと、もうない、と言う。それでは今日はこの辺に野宿しようと空き地を探すことにした。
「日本人、何を探しているんだ」
「テントを張るのに都合の良いところ探しているんだ」
「ここはオレの土地だ、オレの土地に来た日本人はオレの客だ、だから外に寝させるわけにはいかない。オレの家に泊まれ」
おー、渡しはなんと幸運な男か・・・・・・。こういう人気のない山奥のジャングルでテントを張るのもいいが、やはりどちらかというと人の家に泊まった方がありがたい。私は車から必要なものを選んで、その男の家にやっかいになることにする。
「日本人、車はロックしなくても、ここいらにドロボウはいないから大丈夫だよ」
「いや、この車をロックするのはもうクセになっているからやらせてくれ。ナイロビではいつでもどこでもドロボウの心配をしなきゃならんからな」
「そうだ。ナイロビはだめだ」
「あんた、行ったことあるのか」
「ない」
「行ったことがなくてどうしてドロボウが多いとわかる」
「友達に聞いた」
「へー、その友達はこの近くに住んでるのか」
「うん、すぐ近くだ。そいつは3年前ヤギを連れてナイロビまで売りに行った」
「へー、それで売って帰ってきたのか。いくらで売れたんだ」
「ナイロビの連中はケチだから、1,500シリング(約2,500円)しかならなかったらしい」
「でも、どうやってナイロビまで行ったんだ」
「車が通るところまでヤギと歩いて行って、そこから車に乗って行ったそうだ」
「ここから車の通るところまで40Kmくらいあるよ」
「そうだ」
「そうだって・・・・・・その間ずっとヤギをひっぱって行ったのか」
「それしかない」
「その友達ってのは、今日呼べるのか」
「もしおまえさんが望むなら」
とまあ、こんなことを話しながら男の家に行ったのだが、その間の道中と言ったら・・・・・・・。
イバラをかきわけかきわけ、それでも人の通った様子が枝や草に見られるので多少は楽だったが、彼の家に着いた時には、顔と腕は引っかき傷だらけだった。
男の名前は、ジョン・ンゴンゴといった。ジョンの家へ着いたとたん、私はしまったと思った。これならテントの方がずっと楽だ。なってったって、壁は泥を塗りつけたものだし、屋根は草を乗っけているだけで、家の中には牛の皮でつくった粗末なベッドが置いてある。これではまるでマサイの家だ。
しかし、ここまで来たからには逃げ出すわけにはいかない。ジョンの家には、じいさんが一人と奥さんに子供3人、それとやせこけた犬が1匹、ニワトリ6羽、ヤギ2頭がいた。家に着くとすぐに6歳になる男の子を呼んで、例の友達を呼びにやらせる。その友達というのが、山を3つ越えたところに住んでいる、というのを知ったのはずっと後のことだ。山ひとつ越えるのに、30分はかかる。何がすぐ隣の家だ。
ま、とにかく遠来の客というわけで、ジョン家特製の地酒をごちそうになる。ムラティナという酒で、ちょっと酸っぱいがワインのような味がする。ソーセージツリーの実と蜂蜜とサトウキビなどを混ぜ合わせて発酵させたのがこの酒だ。これほど強くはないが、口当たりがいいのでドンドン行く。ジョンも彼のオヤジも、私と一緒にゴザを敷いて車座になる。
彼の家は、ちょうど山の中腹に建てられており、山々の連なりを眺望できる。隣の山の中腹にも同じような家が見え、ジョンがその家に向かって突然何かを叫ぶ。叫ぶといっても腹をしぼって叫ぶのではなく、不通の声をちょっと大きくしたくらいで話し掛けている。すると向こうからも声が返ってくる。なにしろ山と山だから邪魔するものがなく、信じられないくらいクリアに聞こえる。
どうやら、日本人が来たから一緒にのもう、と言っているらしい。部族語だから何を言っているのかは理解できない。しかし、なんとなく雰囲気で、そんなことだろうと勝手に解釈する。
まもなく、隣の山の住人も加わって酒盛りが始まった。
9歳の男の子がニワトリを追っかけて、捕まえてきた。ニワトリの後からそうっと腰をかがめて近寄って行き、タイミングを計ってまるで野球のスベリ込みの要領で頭から突っ込み、ニワトリの足を捕らえる。いつもやっていることだから簡単だと言うが、それにしても大したものだ。この捕らえられたニワトリ、9歳の子供に足をもたれてブラさげられながら家の中に消えて行った。あと数時間したら、我々の胃袋におさまるのであろう。
酒が始まって約3時間。6歳の子供たちがごっつい男と一緒に戻ってきた。この男がヤギをナイロビまで連れて行った奴だ。それにしても時間の流れを気にしないというか、流れに染まりきっているというか、どうも彼らの時間感覚には太刀打ちできない。
ジョンもじいさんも私もいいかげんいい気分になってきた頃に、家の中から奥さんがナベをさげて出てきた。みんなの前にそのナベをドサリと置く。中をのぞくとやっぱり先程のニワトリの羽と足がバラバラになって、ジャガイモやらニンジンやらと一緒になっている。匂いもいい。全員にさらに持った煮込みがまわされる。
時間も夕方で、そろそろ日が沈む頃、だんだんと紅くなっていく空を見、地酒でいい気分になり、ニワトリとジャガイモでうれしい気分になり、周りの山々を眺め、澄んだ空気の中ですでに友達となった日本人とケニヤ人。車のことも、明日のことも、日本のことも、そしてここがアフリカであることも忘れ、いい気分でいることも忘れた、だこの青い惑星に生きていることが嬉しく、心の中に涙がジンジンと湧き出してくるのであった。
2000年3月 |