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ザンジバルはパラダイス』
☆月○日 薄曇り時々晴れ
三浦 砂織

 マチャイじいさんと手こぎボ−トを操ってマンバ−ニ(リ−フ)へ漁に出る。ザンジバル島南東に位置するここパジェビ−チは干潮の差の激しい遠浅の海が1キロ程沖に続き、そのリ−フの外がマンタ、サメ、ジュゴン等も住むぐっと深いインド洋。
 リ−フの内に漁師歴約45年のじいさんはボ−トを停泊させる。リ−フの外で波にゆれるダウ船ではすでにチャング−、タシ等の一本釣りが始まっている。
 リ−フ内に停泊したダウからはマスクとフィンを手にした漁師達が歩いてリ−フを越え外海を泳いでタコ、イカ、ロブスタ−、魚をもり一本で突いて来る。
 海に入ったまま何時間も泳ぐ、(もちろん足はつかない)そして潜る。漁れたタコは1キロ約150〜160円。
 身体だけが資本の漁法。彼らが一列に並び、肩をいからせて海へ向かう後姿は美しい。姿勢がいい。全くぜい肉のない筋肉質で真っ黒な身体。ほれぼれするほどのプレデタ−だ。その身体だけで家族をささえ、それが命懸けの生り業である事をおくびにも出さない。それを知らない、知ろうとしない大らかさ、くったくのなさ。悲しいくらいに自然の内に生きる人達。
 「ワビブ ワナセマ ハムナ プェザ マンバ−ニ レオ(漁師たちが今日はリ−フにはタコがいないと言っている)」
 「サオリ レオ トゥタ タフタ クルル(さおり、今日は貝を探すぞ)」
 じいさんからの指令が飛ぶ。
 今日は岩場でのタコ漁に備え、白いテニスシュ−ズに黒のセミビキニトップ、オレンジの花柄ショ−トパンツがどこかリゾ−トしているが、本懐はタコ漁にのみあった。私はちょっとガックリ来る。
おまけにピンクの浮袋とライフジャケットも必要なくなってしまった。
じいさんは巻貝を見つけるのが速い。それを私に伝授してくれるのだが、じいさん10コにつき私1コ。
 「そこ、そこ」手にした枝で岩場、砂場を差す。
 「はい、はい」と私はひろい上げて、じいさんの持つ米袋をリフォ−ムした手下げバックに入れて行く。
 「はいはい」「そこそこ」続ける事およそ2時間。疲れた・・・・。
 「じいちゃん、私泳いでるわ」
一人ボ−トの側に戻りマスクをつけて、いそぎんちゃくに戯れる可愛いくまのみを眺め、海藻の森を熱帯魚を追って泳ぐ。
 「今日はずい分じいちゃんの手伝いもしたし、穫った岩のりは佃煮に、こしのある方は天ぷらにして今晩のビ−ルのあてにしよっと。そうだ!帰りにボ−トを停めて馬糞ウニもひろって行こおっと。エヘッ」
私の本職は漁師です。
 タンザニアのザンジバル島で漁を始めて5年と7ヶ月になります。というのはウソでパラダイスビ−チバンガロ−というホテルを経営しています。漁師たちから魚、イカ、タコ、貝等を買い、それを日本の家庭料理、おいしいスワヒリ料理を、世界各国から訪れるお客様に饗しているのです。 ここへ来た頃はマチャイじいさんともコミュニケ−ションがとれなかった。
 一方的意志伝達用初級スワヒリ語のみでやって来た私はここでは初めての白い(黄色い)人だった。ココナツの葉でふいた小屋で料理する私を見に多くの村人達がやって来ていた。私は汗だくでチャ−ハンや冷麺を作っていた。
父に言われている「誠実に元気で明るくやりなさい」をモット−に今日までやって来ました。
 今では何とかじいさん達とも毎日村の噂話しをスワヒリ語で交わせるようになりました。仲良しが出来るともうその家族の一員で、貧しいながら出来る範囲のおみやげをよく持参してくれるのです。イカやタコやきれいな貝の時もあるし、今日のじいさんのおみやげは塩ゆでしたパンの実と魚のスパイスむしだった。どこへ行っても彼らの事を考えている。おみやげばかり物色している。
 私は優しい気持ちで、優しい人達の中で暮らしている。それは多くの人が知らない事実なんだ。もちろんザンジバル人達の多くは、ささいな事でウソをつく。間違いを認めようとしない。しっと深い・・・・・。それでも私はザンジバル人を憎めない。
 「誰も間違おうとして初めからやる訳じゃないんだから」
 「人は100%じゃないのよ」
 「神様は真実を知っているんだから」
彼らは私の内なる部分を変えてくれています。私の好きな方向へと。ありがたいと思っています。それは又、ここの自然のおかげかもしれません。一日に数える程しか車も通りません。音は自然の発する音ばかり。潮騒、ヤシの葉のこすれる音、風の音、ブッシュベイビ−の声が今聞こえています。海は誰に何があっても変わる事なく満ち引きを繰り返し、豊かでたくさんの命を育み、人の命さえも飲み込む非情さを秘めています。昨夜の雷は真昼のようにこの海を空を照らしていました。
 さて、ザンジバルの魅力は島民、自然のみならずアラブのスルタンに統治されていた頃の遺蹟、建築物もある。東アフリカを離されて行く、黒人達にとって最後の港となっていた頃、すなわち奴隷貿易港として栄えていた頃の名残を残す場所も多くあります。
石づくりの白い街なみ。アンティ−ク家具、銀製品、安い電化製品、オ−−メ−ドする衣類、海の幸、スパイス。ココナツミルクや数多くのスパイスをうまく使いこなしたスワヒリ料理は日本人の口にとてもよく合うと思います。あまりザンジバルの本当の事をお伝えして、世界中にこの島の良さを広めたくないのですが・・・・。まあ、いらっしゃったら私を尋ねてください。生のタコ刺、ウニをつまみに一杯いえ十杯やりましょう。


三浦砂織 プロフィール
タンザニアのザンジバル島在住。「パラダイスビーチバンガロー」経営。
ネコ、犬、ニワトリと共に天国のように美しい真っ白な砂浜に建つバンガローで暮らしている。