今年の一月の初め、ナイロビはエル・ニーニョのせいか、近年希な大雨に襲われていた。私が月1000ドルで4年来借りている2.5エーカー(3000坪)の豪邸(!)は、1964年に出来た比較的新しい家であるにも関わらず(元大英帝国植民地のケニアでは、古い家が多く、イギリスっぽい習慣で築後30年ぐらいの家は「比較的新しい」と呼ぶのが正しいのだ)、キッチンは水浸し、居間も天井から雨がぽたぽたと滴り落ち、停電に電話の不通と、打撃を受けていた。ナイロビの町も道路は半崩壊状態で、作りの悪い舗装道路に大きなアナボコがあちこちに出来て、夜の運転には細心の注意が必要になる。ナイロビとインド洋沿いの港町モンバサをつなぐ幹線道路も道が崩れたり、橋が落ちたりと、打撃を受けて国の経済にも大きな影響を与えていた。
私の初めの症状はこうだった。まず左の鼻の入口と右目の目頭に痛みがあった。痛みはそれほど強くはないが「痛がゆい」感じだった。みると、赤くなってただれている。何か変だなと思っているうちに、カサブタができて、ポロポロとはがれて落ちたが、その変な感じが治るまでに2、3日かかった。そうこうするうちに、今度は左の目頭と両耳の入口が痛がゆくなった。
「なんだこれ、トビヒみたいじゃないか。」と思って友達の小児科の先生に相談した。何事もプロのご意見を聞くのは大事なことである。
「(トビヒは)栄養状態の悪い場合や、感染防御の力がない子供はよくかかるが、大人は感染に対する防御力があるから、なかなかトビヒ(皮膚に起こる感染で、だいたいは常在細菌=人間の皮膚などに普通にいる細菌が原因であることが多い)なんかにはならないのだけれど、、、抗生物質を2ー3日飲めば治るでしょう。」と言うのが答えであった。
思い当たることはあった。今年の正月は雨ばかりなので、ゴルフにも行かず殆ど外にはでずに家の中で朝から酒を飲んでいた。それでは栄養状態がいいはずがない。それに、この感染防御の力、というのはつまりは免疫機能と関係してくる。感染防御の力が落ちる、と言うことは、医学的に言うと免疫不全と言うことにつながる。そうだ。!!エイズ!!後天性免疫不全症候群!! エイズは体に侵入したウイルスが人体の免疫機能を低下させて、普通の健康な状態ではかからない病気にかかってしまう状態にさせる病気だ。
やばいぜ! ついにエイズが発病したか? 3年前にエイズの検査をしたことを思い出した。その時は、血液を採取してから2日後に結果がでるまでは「針のむしろ」状態だった。本当に待っている間は恐かった。ネガティブだった。その結果を見たときに誓ったのだ。
「もう二度とこんな目に遭いたくはない、」と。
検査をしないで済むようにするためにはどうすればよいか。当然の事ながら、「やらない」ことだ。(失礼、はしたない言葉でした。)そうして心に誓った禁欲生活は、かなり頑固に守られていたのに。ここへきて「免疫不全による皮膚感染」つまりはトビヒとはどう言うことだ。ついに孤高の禁欲生活にも翳りが見えたか。いったいどこで移ったのだ。「してないのに、、。」あの検査はいったいなんだったのだ。私の心の中にはバッハの「平均律ピアノ曲集」の禁欲的な旋律が鳴り響いたのだ。
「そうだ、私はこれからキリスト教に帰依して、修道院に入って、、、(京セラの稲森会長は出家したが、私の場合「平均律」が鳴り響いたのでここではキリスト教にした)、(でも修道院の食事はまずそうだな、やっぱりやめよう。仏門の方が日本人にはなじみがある)、、」などとつまらない考えをめぐらせた。
ところでその左目と両耳の「ただれ」だが、この症状がでてから、事態は一層深刻になった。耳の入口の病巣は皮膚(はがれた角質層です)がボロボロと浮いて残った皮膚はジクジクしめっていて黄色い浸出液(膿のようでもあった)がでている。完全に感染をおこしている症状だ。しかもその感染のために痛みが強くて夜はズキズキと疼くのだ。とにかく薬を手に入れなければ、と思ってまた別の先生に診察を受けた。外科出身の私としては、とりあえず耳中の病巣をはぎ取ってきれいにして欲しい(
この作業をデブリドマンと言います)、と思ったのだけれど、病理学者の先生はあまりにグジュグジュした病巣に恐れをなしたか、サッと消毒しただけで、耳の中のボロボロの組織を削り取ってくれない。おそらく、先生は免疫不全(エイズ)のことを考えたのだろう。
先生に抗生物質をいただいて帰ったが、普段からなにかにつけて抗生物質をいろいろ飲んでいる私には効きそうもないような「ちょっと時代遅れの」抗生物質をいただいた。せっかくいただいたのに先生には悪いが、飲まずに、一日かけて耳の中を掃除した。ボロボロの皮膚が取れる取れる。アルコールに浸した綿棒や小指で取る。まだ、発赤が残っているがようやくすっきりした。
そんなときに、友達の家で焼き鳥パーティがあった。そのパーティに看護婦さんがいて、私の症状を聞いて、
「それはナイロビ・フライのせいでしょ。」と言われた。
「同じような(症状の)人が私の周りにたくさんいます。」と。
「えーー、知らなかった!!」
私は、目の前がサッと明るくなった思いがした。
エイズじゃない!トビヒじゃない!なーんだ虫のせいか。
「何事にも先達のあらまほしきことかな、」
家にあった昆虫図鑑で調べてみた。あったあった。「Paederusというかぶと虫に分類される虫で、blistering beatle (水膨れを起こすかぶと虫)と言われている。素手で虫をつぶして目のまわりや粘膜をさわるととその部分がただれて、ひどい場合は結膜炎を起こすことがあり、その状態はNairobi
Eyeと呼ばれている。」
これだ。 体長5ー7mm、赤と黒のしまがあって、可愛いシロモノではないが別に臭い匂いもないし、けっして醜い虫じゃない。ナイロビ・フライ(蝿)と言うよりもむしろ蟻のような形だ。インターネットで検索したらら、ちゃんとでていた。熱帯病の雑誌に報告されている。ときどき大繁殖するらしい。ナイロビでは今回のエル・ニーニョの雨でせいで大量繁殖したらしい。
そうだ、気づいていた。最近この虫が増えて、家の中にも多数侵入してきている。食卓の上にいるのを素手でつぶしたこともある。なんと「手癖」の悪いことか、アフリカ生活も長くなると、そんな虫ぐらいでは驚かない。手でつぶすぐらいなんのことはない。すぐに手がでてしまうのだ。雨漏りでぬれたトイレの前に100匹ぐらいいるんだから、しようがない。
2ー3日して新聞にも2ページを使った記事がでた。「つぶすときは、手を使わずにsomething (何か他のモノ)でつぶしましょう、治療法は特になし、普通の軟膏でも塗っておきなさい。」と書いてあった。
それから、虫を退治するときはテッィシュ・ペーパーで潰すようにしたが、それでももう一回右目の目尻をやられた。一回さされても免疫は出来ないのだ。おそるべし。今は少なくなったが、それでもときどき見かける。見かけたら、箸でつかむなんて事はしないで、分厚いキッチンペーパーでしとめることにしている。
それにしてもエイズじゃなくてよかった。
98年2月記
ヨシタニ・マコト インターネット・ライター、元医師、ナイロビ在住7年 |