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『哲学するマサイ』  遠藤
  アフリカ大陸には、大地溝帯と呼ばれているところがある。一般的には地球の割れ目=リフトバレーとも呼ばれている。これは地球創世記のちょっと後に、地球自体ががたぴしいって海ができたり、山ができたりというのと同じ時期にできたものである。当然、アダムとイブもいるわけが無く、蛇も出てこなかった時代だ。
 そして、その後何億年かして、バクテリア状の生き物が出てきて、魚が出てきたり、鳥が出てきたり、猿が出てきたりする。そして又、それから数億年して、人間らしき動物が現れて、現代に至るというわけだ。この現代に至るちょっと前、およそ1億万年前に今で言うアメリカとかヨーロッパとか、そしてアフリカという風に大別した陸が出来上がった。ここにヒューマンがそれぞれの生活を歩み始めた。
 アフリカでは、エジプトあたりから文明の利器と共にヒューマンがナイル河を遡ってきている。上がってくるごとに、適当な土地に根を下ろした集団もいれば、河が枝分かれするに沿って、それぞれ互いに手を振って分かれていったグループもある。それらの流れのひとつが、かの有名なマサイ族である。
 他の人類は、世の中の発展ということをタテにして、好き勝手なことをしてきた。家を建てたり、車を造ったり、毒を流したり、果ては人間同士嘘をついたり、騙したり、殴りあったりしている。そこへ行くと、マサイは違う!まったく100万年前の生活を、そのままのリズムで現代まで引き継いでいる。こりゃー、君、ちょっとやそっとじゃ出来るもんじゃないよ。延びたといっても人生たかだか70、80年。その中で、10年、いや1年、なんのなんのたかだか1週間、10分、5分でさえ我慢して耐えられない人間の多いこの現代で、考えてみたまえ、100万年だよ・・・100万年。この気の遠くなる時間の流れを、ずっと同じ調子でやれるかねぇ。
 私には2、3人のマサイの友人がいる。ナイロビで仕事をしていると、どうしても何かこう文明の毒の中に引きずり込まれそうになるので、時折このマサイの友人を訪ねる。都会から遠く離れて、荒れたサバンナに住む彼らに、クーラー付の車を見せびらかそうなんて行くと、生まれたばかりの子供にTOYOTAなんて名前をつけたりする。
 マサイの住む家は、ご存知のように木の枝を骨組みとし、その上に牛のフンを塗りつけたものだ。各家の責任者はたいてい女で、オバーさん、奥さん、姉、妹などがそれぞれ一軒ずつ自分で建てる。男は、自分の奥さんの家に間借りしていることになる。2人、3人と奥さんがいる場合は、毎日順繰りの時もあるし、気に入った奥さんのところに1週間、2週間と入りびたりになることもある。あまり長逗留しすぎると、他の奥さんたちとの兼ね合いもあるのでしぶしぶ隣の奥さんのところへ行ったりして、トラブルの起きないように気を配っている。結構気を使うんだねぇ、彼らも。ま、そういった具合に、4、5軒の家がひと固まりになって、ひとつの家族が出来上がっている。そして、それらの家の周りに茨の木で囲いをしている。その囲いは、普通で直径100mくらい、その中に牛用の囲いとかヤギ用の囲いとかもある。家の中は女主人用のベッドと子供たちのためのベッドがあり、その間に台所がある。中には入口を入ってすぐのところに、子供のヤギを入れておく囲いを作ってあるところもある。
 ある日、マサイのコイカイのところで、いい気になって二人でマサイのハチミツ酒を飲んでいたら、夜も遅くなったので、泊まっていくことになった。何しろサバンナの真ん中だから周りには、な〜んにも無く、とにかく星がものすごい。二人で牛の皮を敷いて、その上に座って星明りの下、ハチミツ酒を飲んでいた。すぐそばでヤギがシャーとオシッコを流す。ある程度の囲いはしてあるが、隙間だらけなので、ヘタをするとくぐり抜けて我々の方に寄ってこようとする。サバンナの静寂の中で、ヤギのシャーというのと、時々牛のベタッ、へチャッというフンの落ちる音も聞こえている。しかし、それらの音も何の気にもならない。このサバンナの闇の中の音として、アフリカのリズムに溶け込んでいる。
「ゲブー、おいコイカイよ。本当にオメェは毎日こんなに星が見られていいなぁ」
「きれいだろう。時々宇宙衛星なんか見えるよ」
「おっ、オメェ、宇宙衛星なんて難しい言葉、よく知ってんな」
「うん、本で読んだ」
「本!本ってあの字の書いてある紙の束か?」
[そうだよ、エンド、そんなに馬鹿にしたもんじゃないぜ。オレの子供はちゃんと近くの学校に行っているんだ。その教科書にあった」
 幾分ムッとしながらコイカイはそう言った。
「ヘェーッ、たいしたもんだ。アフリカにマサイの学校があるのも驚いたが、本があってその中に宇宙衛星のことも出てる。ヘェー、おみそれしやした」
「エンド、オレだって牛だとかサバンナのことだけじゃなく、いろんなこと知ってんだぞ」
私はちょっぴりからかい気分で、
「ヘッ、たとえばどんなこと?」
「エンド、オメェ、人間の体ん中で一番大事なところってどこだか知っているか?」
「エッ、なんだなんだ。突然やぶから棒に変なことを聞くなよ。なんかこう予想に反した質問されると面くらうんだよなぁ」
「エンド、オメェ、知らないのか」
こしゃくにもコイカイは、自慢げにたたみかけてくる。
「アホ、バカ、ちょっと考えているだけだよ」
私はどうにか答えを見つけようと、暫しああでもないこうでもないと考えた。
「エンド、何ブツブツ言っているんだよ」
「うるせえ、今答えるよ。よし、心臓だ。どうだ、まいったか」
「エンド、やっぱ普通の頭だな。そんなことくらいしか考えられないのか」
私は軽くいなされてしまった。
「なんだなんだ。普通の頭で悪かったな。そんならはやく答えを言ってみろよ。つまんねぇこと抜かすとオレも怒るぞ」
「それはだなぁ、胃袋だよ」
「なにっ、胃袋!」
「そうだ、胃袋だ。頭がなくなったら人間生きてはいけない。心臓が無かったらやっぱり死ぬしかない。生きるのに一番大切なのは胃袋だ!物を食えなきゃ死ぬだろう。なにしろ胃袋が一番大事だ。わかったか、エンド」
「ふーん、何かだまされたような、本当のような・・・」
「だましてなんかいない。じゃぁ、エンド。夜寝るとき、我々マサイは上に何をかけて寝る?」
「毛布に決まってんじゃねえか」
「エンド、オメェは本当世俗的な奴だなぁ。夢がない。当分俺と一緒に暮らしてみるか?そうすれば男のロマン、いや人間としての生きるロマンがわかるよ。」
「何言ってやがる。くやしかったら言ってみな。オレなんかちゃんと毛布掛けるぞ」
「エンド、上を見てみな、一杯星がある。オレたちマサイはあの星を掛けて寝るんだよ」
「コイカイ、オメェ、正気か?大丈夫か?しっかりしろよ、おい」
「しっかりしてるよ、オレは」
「だって、オメェ、ちょっとおつむがおかしくなったんじゃねぇか」
「オレは大丈夫だ。お前の方こそちょっと酔いすぎだよ」
「アホ、オレはまだ飲み足りないくらいだ」
 などと言いながら、私はコイカイの哲学的な眼差しに畏怖を感じながら、どうも今日は、コイカイの奴に軽くあしらわれる自分を発見し、情けない夜を過ごすのだった。