以前ナイロビでドゥドゥハウスという民宿のようなものをやっていたことがある。その中に、日本ではとても受け入れてもらえそうもない、いわゆる“変な連中”がいた。筆頭は、頭というよりも頭がうえ広がりにデッカクなって、本人に言わせると脳味噌が上にあがりすぎているため、水に入っているときが一番楽だという通称カバさん。次が、枯れ木を見るとすぐ燃やしたくなるという通称タキビ評論家、ちぢめてタキヒョ−。3番目が自分では粋で決まったオシャレと思い込んでいるシイノ。彼はどこへいくにもモンペをはき、シャツを外に出しっぱなしで、ズックのカバンを斜めに肩から吊している。例の夢見るタバコを朝から晩まで話さないのがオサム。こういう男が、なんと鮨屋のカウンタ−で粋なハチマキをして、刺身包丁を手にすると、その包丁さばきたるや、今はニュ−ヨ−クで1か月5000ドルも稼いでいるという。そして、最後がオサムの2歳上の姉でヒデという。
ある日、カバさんがサファリから戻ってきた。
「オイちょっとみんな、いいこと聞いてきたからよ、ちょっと聞いてくれよ」
普段から他人にめったにお願いしたことのないカバさんのことだから、これにはその場に居合わせた全員がびっくり眼。
「みんなケニアに温泉あるの知ってる?知らね−だろう。オレもそれを聞いて信じられなかったんだけどよ、でも本当らしいよ」
「カバさん、何言ってんだよ、温泉なんてケニアだけでも4個所もあるよ」
とこれは私。
「ま、温泉っていっても、そのうち2個所は英語で言うスプリング。つまり、水が湧き出ているのは残りの2個所。そのうちのひとつは、吹き上げ温泉っていうのかな、いつもお湯を噴き上げていて、風が吹くとお湯がワ−ッとたなびいてくるんだって。その風下に裸で立つと天然のスチ−ムになる。日本とまったくおなじ首までどっぷりつかれる温泉なら、ナイロビから車で3時間位行ったところにある。ちょっと信じられないかもしれないが、その場に行ったら、もっと信じられないよ」
「ワ−ッ、そりゃいい、そりゃいい。そこ、行こう」
シイノなんかは、
「そりゃ−、もう行かざるを得ないね」
などとわけのわからない言葉を呟きながら、さっそく準備にとりかかることにした。それから1週間後。日本から持ってきてサファリ用にスペシャル改造したランドクル−ザ−にキャンプ用品一式を積んで出発した。
この温泉はマガディ湖と呼ばれていて、ケニアとタンザニアのボ−ダ−のすぐ近くにある。マガディとは、スワヒリ語でソ−ダを意味し、いわゆるこの湖は塩湖になっている。塩湖はケニアやタンザニアには幾つかあるが、マガディ湖は中でも塩分が多く、そのため植民地時代から白人がここに工場を作り、石鹸や洗剤の原料を精製している。お湯の湧き出し口は、ケニアとタンザニアの国境近くにあるが、2週間前ここでタンザニアへ牛を売りに行った帰りのマサイが、10数人の男にライフルをつきつけられ、売り上全部を取り上げられたという。さらに3月前には、温泉に入りにきた日本人が、国境周辺でどうも消息を絶ったらしいという噂もある。 我々は、こりゃヤバイ、ってんで温泉に1時間程つかり、テントは止めにしてコテ−ジに泊まることにした。ちょうどナイロビに戻る途中に、リ−キ−博士という考古学の偉い先生が発見した遺跡があり、そのそばに手頃なコッテ−ジがあるというので我々は一目散に車を走らせた。
この発掘現場は、20万年昔のマンモスの頭蓋骨やら、ヤジリ、ナタだとか何かしら我々凡人には見当つかない石器類が縄と針金で区画されて展示されている。ケニアには、こういう具合に博物館として指定された発掘現場が10数個所もある。 コテ−ジは、映画「愛と悲しみの果て」の舞台となったンゴングヒルにあった。ナイロビから5分も行くとそこはもうサバンナ。とにかくその緑のサバンナを突っ走るアスファルト道路を真っ直ぐ行くと、その延長線上に小高い丘が立ちふさがる。それがンゴングヒルだ。緑のサバンナの中にアフリカ独特の上部が平らになったソ−ンツリ−が点在し、麓から頂上まで緑、緑、緑のンゴングヒル。晴れわたった日には、頂上のスレスレを白い雲が流れていく。そして、頂上近くの峰を越えると情景がガラッと変わる。今までのいわゆるナイロビ側はキクユランドと呼ばれて、農耕民族が住み、緑に囲まれたなだらかな平原がつづいている。しかし、このンゴングヒルの峰を越えると、乾燥した草々に険しい峰々が続き、道はこの険峰を縫ってドンドン下り坂になる。その坂を下って1時間も行くと、ナイロビとマガディの中間点に辿り着くが、ここに我々が泊まる予定のコテ−ジがある。
コテ−ジは4軒しかなく、1軒にベッドがふたつ置いてある。枝を切り落としただけの荒削りの柱が8本地面に埋め込まれ、その上にちょこんとカヤブキのトンガリ帽子
型の屋根が乗っかっているだけの小屋だが、まわりの風景にマッチして奥ゆかしいことこのうえない。
本日の夕飯はカレ−スパゲティ。遠くにライオンの吠え声、近くにハイエナの泣き声を聞きながらのキャンプめし。全員満足して、タキヒョ−の作った焚き火を囲んで、これだけは現代的なウィスキ−を回し飲みしながら、今までの旅の話、これからのサファリの予定、そしてライオンや象、ハイエナなどの話に華を咲かせ大自然の中に浸る。
もちろん、周りにはな−んの光もなく、星と少々の月明りのみ・・・・。それで、みんなで星の話をしていると、オサムが突然、
「あれ−、こんなとこ飛行機が飛んでる」
「バッカだな−、飛行機は飛ぶのが当たり前だろ。飛ばなきゃ飛行機って言えないんだよ。何言ってんだ、オサム」
とカバさんが言うのにみんなも同意しながら、オサムが指した方向を追っかけていくと、なるほどンゴングヒルの丘の上を、左の方からユラユラと上下に揺れながら飛んでいるものがある。
「ありゃ−酔っ払い運転じゃないか・・・・?」
と私が言うと、タキヒョ−は、
「いえ飛行機の場合は酔っ払い飛行と言うのが正しいと思います」
と訂正してくれた。
「あっそ、でも、ほら、右の方からもきてるぜ」
「あっ本当だ。あれはもしかしたらあの丘の上でショ−トツするんじゃないか」
そうヒデが言うので、
「アッハッハ、そうしたらオメェ−、おもしれ−じゃねェ−か。アッハッハッ」
とカバさんが豪快な笑いで答えた。
「おいオサム、カメラ用意しとけ」ヒデは、もう興奮しまくっている。
「そんな、あんな遠くの撮れるわけないよ。」
「アホ−、オサム」
「撮れる撮れないは関係ないの。もしかりにだよ、撮れたとしてみろ、100万円位にはなるかもしんないぞ」
そうしている間にも、ふたつの光はどんどん近づいて、今にもヒデの言うとおり衝突しかねないほどそのふたつの光点は幅をせばめてくる。
「あ−、ぶつかるよ。バカヤロ−、なにやってんだ」
「ダメ、ダメ、ダメ」
「やるぜ、きっとやる」
みんな口々に期待をこめながら叫んだ。
「やったぜ、ぶつかるぜ、最高だぜ!おい、タキヒョ−、見てみろよ、おもしろいぜ」
私の誘いにもタキヒョ−はのらず、
「うん、もう少ししたら。今、焚き火が消えそうだから」
タキヒョ−以外の全員が、興奮していた。もう言葉にならない。ガオ−、ガオ−と目前に迫った大スペクタルに誰もが唸るだけだった。
「グア−ン、バガ−ン!」
というのを予想してみんな身体を固くして待ったが、30秒経っても何の音もしない。そしてぶつかった(はずの)ふたつの光の固まりがス−ッと山の陰に落ちて行った。そこでなんらかの音、あるいは地響きのようなものを待ったがそれもなし。そして、突然、その光の落ちた山の手前がピカ−ッと光った。どう言うわけか山の裏に落ちたのに、手前で光った。それも、まったく無音の状態で。さらに、ふたつ光がぶつかったと思われる地点で、ピカ−ッと一点が光ったと思うと、ぶつかる前に左からユラユラと頼りなげに跳んできた光のようなものが、再びユ−ラ、ユ−ラと右手に向かって飛んでいった。もう全員呆気にとられ声もなし。とはこのことをいうのか。
そして、そのままもとの平和、星、月、酒・・・・宇宙船?
いったいどうなったのかね−!
だからナイロビはやめられない。 |